東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)133号 判決
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
一 本件に関する事実上の唯一の争点が、訂正案の装置が引用例記載の技術内容から容易に推考しうる程度のものであるといえるかどうかにある(他の点は争いがない。)ことは、本訴における当事者双方の主張、とくに原告の主張に徴し明らかなところであるが、この点に関する原告主張は、理由がないものといわざるをえない。すなわち、原告は、訂正案の装置は、引用装置と対比した場合、その構成要件及びその作用効果の点において相違するから、前者をもつて後者から容易に推考しうるものとすることはできないとして、前掲請求の原因四記載のとおり主張するが、原告の挙示する諸点は、あるものは訂正案の装置の発明としての要旨と関係なく、あるものは、当業者の容易に取捨選択の範囲を出ないこと、以下に説示するとおりであるから、これらの相違を根拠に、審判手続において訂正案を採用しなかつたことを違法とすることはできない。
(一) 構成において
(1) 原告主張の(1)の点について
引用装置においては、軽い成分すなわち吸着保持時間の短かい成分の分析を目的とするので、カラムIから吸着ガスを放出してこれを空にするため、別にフラツシングガス供給源を設けたものであることは引用例(成立に争いのない甲第三号証の三)の記載内容に徴し明らかであり、これと目的を異にすること明らかな訂正案の装置において、このような機構をとらないことは、むしろ当然であり、この点に関する差異は、それぞれの目的に応じて、当業者の適宜選択変更しうる技術の域を出ないものといわざるをえない。
(2) 同じく(2)の点について
訂正案の装置における弁が一個であることは、訂正案の発明の要旨と直接関係のない点であるのみならず、引用例における切換弁は、フラツシングガスのための弁に他ならないから、フラツシングガス供給源を別個に設けるかどうかが当業者の適宜選択変更の域を出ないこと前説示のとおりである以上、弁の数に関する相違もまた、当業者の適宜選択の範囲を出ないことは、いうまでもないところである。
(3) 同じく(3)の点について
引用装置におけるような圧力調整用の補助カラムⅡの有無の点は、訂正案の装置の発明の要旨と関係のないところであるから、この点に関する原告の主張は、もとより採用に値しない。
(4) 同じく(4)の点について
切換弁の数については前段説示のとおりであり、試料入口の構成は、訂正案の装置と引用装置との間に差異のないことは、前顕甲第三号証の三の記載に徴し明らかなところである。
(5) 同じく(5)の点について
切換弁の数は、前説示のとおり、特に両者の本質的差異といいがたい以上、それを設ける位置もまた特に特許に値するほどの技術的意義を有するものとすることはできないことは、多言を要しないところである。
(6) 同じく(6)の点について
熱特性測定器への接続は、要するに、測定吸着ガスが測定器を通るようにすれば足りることは、この種装置の目的構造上明らかなところであるから、被分析ガスを測定器に通すために、導管をどのように切り換え接続するかというようなことは、当業者が、それぞれの装置の目的、構造に応じて適宜採用しうるところであることはいうまでもない。
(二) 作用効果について
訂正案の装置が引用装置と構成上相違する点として原告の挙示する諸点がいずれも当業者の容易に適宜選択変更できる範囲を出ないこと前説示のとおりである以上、これらの諸点のもたらす作用効果も、容易に予測しうる範囲を出ないものであることは、いうまでもないところといわなければならない。ことに、原告が訂正案の装置の特有の作用効果として強調する、軽い成分から重い成分までを測定できるという点にしても、軽い成分の測定をする引用装置のほか、重い成分のみの測定をするクロマトグラフイー装置が本願出願前周知であることが本件弁論の全趣旨に徴し明らかである以上単に両者を結合したにすぎない訂正案の装置のもたらす作用効果をもつて、特に特許に値する程度の顕著なものとは認めがたく、他にこれを覆すに足る適確な証拠はない。
(むすび)
二 叙上のとおりであるから、その主張の点に裁量権を逸脱した違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却する。
〔編註〕 本願特許発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。
本願特許発明の要旨
(1) 出願公告当時の特許請求の範囲
多成分系蒸気の試料を不活性の担体ガスと一緒に該蒸気試料の中の長い吸着保持時間を持つ成分を分離できる物質を含んだ第一の分離区域と前記蒸気試料の中の短かい吸着保持時間を持つ成分を分離できる物質を含んだ第二の分離区域とを順次に通過させ、次に不活性の担体ガスによつてこのガスと、長い吸着保持時間を持つ一連の特定な蒸気成分との二要素から成る混合物として脱着することにより該特定成分を前記第一の分離区域から取り除き、さらに不活性の担体ガスによつてこのガスと短かい吸着保持時間を持つ一連の特定な蒸気成分との二要素から成る混合物として脱着することにより該特定成分を前記第二の分離区域から取り除き、これらの脱着された二要素から成る混合物を次々と測定することにより前記多成分系蒸気試料の特定成分の濃度を測定することから成る、クロマトグラフイーによる蒸気分析法。
(2) 訂正案
多成分系蒸気試料から長い吸着保持時間を持つ成分を分離する物質を含んだ第一の吸着塔と、この第一の吸着塔に多成分系蒸気試料と担体ガスとを導入する導管と、前記多成分系蒸気試料から第一吸着塔では測定できる程度に分離できないような吸着保持時間の短かい成分を分離できる物質を含んだ第二の吸着塔と、測定器と、前記第一の吸着塔の出口と前記第二の吸着塔の入口及び前記測定器とに連通し、所定の時間間隔を置いて前記第一の吸着塔の前記出口からの流れを前記測定器と前記第二の吸着塔の入口とに交互に向ける弁を備えた導管と、前記第二の吸着塔の出口と前記測定器の入口とに連通する導管とを備えたクロマトグラフイーによる気体分析装置(別紙図面(〔編註〕省略)参照)。
本件審決理由の要点
本件審決は、本願発明の要旨を前項(1)掲記のとおり認定したうえ、アナリチカル・ケミストリ第二八巻・第九号・一三七六~一三七九頁(以下「引用例」という。)には、それぞれ吸着能が異なつたカラムを直列につないだ一連のカラムに試料ガスを導入し、第一のカラムから流出した軽い成分だけを第二のカラムで分離し、その成分を検出器で分析する一方、第一のカラムに吸着された重い成分をキヤリヤガスで排出するガスクロマトグラフ分析法が記載されており、本願発明は、引用例記載のものから当業者が必要に応じて容易に実施をすることができる程度のものであり、請求人が提示した訂正案(前項(2)のとおり)は、従来の「方法」の発明を「装置」の発明に訂正しようとするものであるが、「方法」の方は「装置」の単なる使用にすぎず、たとえ「導管」なる発明構成要件が新たに附加されても、ガスを導く上において導管のあることは当然であるから、たとえ訂正案を採用したとしても、拒絶理由を変更する必要は認められないので、訂正案は採用の必要はないものと認める、としている。